History of Tochigi 1

教科書には載っていない下野国の歴史を一緒に辿ってみましょう!

『社会』の教科の中で学んだ大まかな歴史の流れを中学校では『歴史』として、高校ではさらに詳しく『日本史』『世界史』として学ぶ機会がありました。
史実の年号や人物名等の暗記をすることが歴史の勉強には付きまとい「本を見れば分かることを何故覚えなければならないのか?」なんて試験前日の夜には、急に哲学的思考で色々な言い訳を考えたものです。

大人になった今、意外にも歴史物のドラマやドキュメンタリーが大好きでNHKの大河ドラマも欠かさず見ています。
「女性が主役」は失敗するといわれた風評を覆した『篤姫』、『天地人』はキャストの魅力も手伝って、高視聴率をマーク。そして年末になると必ずニューバージョンが放映される「忠臣蔵」…。暗記を強いられる事のない歴史なら大好きという方も多いのかもしれません。

ところで、高校の科目の『日本史』ですが、これは必須科目ではなく選択科目になっています。これに異議を唱える方々が多数いらっしゃいます。
他国では、自国史は必須科目になっている場合が圧倒的に多く自国史を学ぶことをとても大切なことと位置づけているようです。
歴史を学ぶ意義が「過ちと失敗(成功もあったでしょうが)を繰り返しつつ、今の時代にたどり着いた」事実を認めて、今と未来のために活かしていくということだと考えると自国史を学ぶことはとても重要なことなのかもしれませんね…。

宇都宮最古の古墳「茂原古墳群」

道

ここ宇都宮にも沢山の遺跡があり、宇都宮市の最南端『茂原』には宇都宮最古といわれる『茂原古墳群』がありました。
形状としては『前方後方墳』なので栃木県最古の『駒形大塚古墳』(小川町)と同時代、4世紀中ごろのものらしいです。『弥生時代』ということでしょうか。
次の時代の古墳といわれる雀宮の『牛塚古墳』からは『画文帯神獣鏡』という鏡が出土しました。これは大和政権に従ったという証とされています。
歴史の教科書でこの時代を学ぶとすると舞台は遠く大和地方になり、下野国などほとんど獣のすむ地域の扱い…。ですが、この時代の下野国には砂金等の鉱物、麻など農産物、織物が特産物として存在し、官庁の建物や寺院が建立されていました。

現在の地名にも残されている寺院

『国分寺』・『下野薬師寺』・『国分尼寺』など現在の地名にも残されています。この寺院の屋根は瓦で葺かれていましたが、作られたのは『水道山』でした。
随分遠いのですが、水道山には瓦造りに不可欠な良質な粘土と薪が豊富にあったのです。そんな風に思いながら水道山を見ると、ここで作業に打ち込んだ人や、それを一日かけて薬師寺まで運んだ人々には立派な寺院を建てたいという、強い思いがあったのか…それとも単に労働だったのか…。
などと歴史が身近でロマン(よくこういう人がいますね。)があふれたものに思えてきませんか?

下野薬師寺跡

教科書には載っていない、下野国の歴史の跡を一緒にたどっていきましょう。
郷土史を知ることで、自分の暮らす町に、これから暮らす町に違った思いをもつことができるかもしれませんね。