アイソのセツキ漁。アイソをめがけて投網を打つ。たくさんのアイソを捕えるためには、その習性をよく知っておくことが重要。(平成25年、大田原市黒羽田町)

さまざまな魚介類が生息する那珂川

那須岳西麓の三斗小屋温泉(さんどごやおんせん)付近を源とし、那須町、大田原市、那珂川町、那須烏山市、茂木町など栃木県東部の市町を南に流れ、太平洋に注ぐ全長約150㎞の那珂川(なかがわ)は、関東地方屈指の大河として知られている。東の四万十川とも称される清流には、アユ、ウナギ、モクズガニなどさまざまな魚介類が生息し、冬になるとサケも遡上する。そのため、流域には、川で生計を立てる人々が暮らし、今もなお伝統的な漁法が伝えられている。

那珂川につくられたアイソボリ。近年は、ショベルカーで作る人もいる。作った後もメンテナンスは必要。

春の到来を告げる魚、アイソ(ウグイ)

春の那珂川は、アイソ漁の季節である。アイソとは、コイ目コイ科に分類されるウグイのことで、年間を通して川に棲息するが、水温む3月から5月に旬を迎える。その頃になると、アイソの腹部には婚姻色である赤い線が現れ、産卵のために瀬に集まって来る。この地域で行われているアイソ漁は、そうした魚を捕らえるもので、セツキ漁、セガワ漁、アイソボリ漁などと呼んでいる。

アイソは那珂川に春の到来を告げる魚といわれ、上流の大田原市黒羽では山吹の花の咲く頃から山桜の花の咲く頃、中流の那須烏山市付近では、梅の花が咲く頃から梨の花の咲く頃が漁期である。

アイソ。3月から5月頃、腹部に婚姻色である赤い線が現れる。

漁師の経験と技によるアイソ漁

アイソは、急に流れがゆるやかになったところに転がる小石に卵を産みつける。そこで、漁師は効率よくアイソを捕えるために、ジョレンやマンノウ(農具)で河道に手を加え、アイソの産卵場を作っておく。そして、石についた砂や苔(ノロ)をきれいに取り除き、細かな砂利を敷いておく。アイソにとって、より魅力的な産卵場にすることが漁師の腕の見せどころで、よくできた場所には多くの魚が集まってくるという。

投網の打ち方にも経験と技を必要とする。高く投げすぎるとアイソの目について逃げられてしまうので、魚の動きを見ながら効果的な場所や角度、速さなどを瞬時にとらえて網を打つ。そして、一度網を打ってしまうと、再びアイソが集まるまでしばらく待たなければならない。そのため、この時期の那珂川の河原では、アイソを捕えるために作った人工的な瀬やアイソを待つ間に詰める仮設の小屋を見るができる。

投網にかかったアイソ。投網にもいくつかの種類がある。アイソにはアイソ専用の投網を用いる。

アイソの甘露煮は栃木の郷土食

捕らえたアイソは塩焼き、田楽、南蛮漬け、甘露煮にして食べる。なかでもアイソの甘露煮はよく知られ、那珂川周辺の道の駅や川魚販売店などでも購入することができる。骨まで柔らかく、そして甘辛い味がよくしみ込んだ甘露煮は、地域の保存食として受け継がれ、栃木県を代表する郷土料理の一つとなっている。

アイソの甘露煮。砂糖や醤油、酒などで作った汁に、焼いたアイソを入れ、半日ほど弱火でじっくりと煮込んだものに水飴を加え、さらに少し煮込む。

篠﨑茂雄

1965年、栃木県宇都宮市生まれ。宇都宮大学大学院教育学研究科社会科教育専修修了。栃木県立足利商業高等学校、同喜連川高等学校の教諭を経て、1999年より栃木県立博物館勤務。民俗研究、とくに生活文化や祭り、芸能等を専門とし、企画展を担当。著書に『栃木民俗探訪』(下野新聞社)などがある。