日本画家の谷中美佳子さん。後ろの作品は、庭の12ヶ月を描いたもの。

植物の放つ生命エネルギーを映す

谷中美佳子さんの絵はとてもやさしい。そして、明るくさわやかで、心地がいい。下の作品を眺めていると、絵の中からさわやかな風が吹いてくるような気がします。アヤメにとまった蝶の羽の動きも伝わってきます。

「私自身が作品をつくるのではなく、描かせてもらっているような感じです」。

その謙虚な姿勢は、植物や小さな生きものたちの鼓動に耳をすましているかのよう。生きものの放つ生命のエネルギーをそのまま一枚の絵に映し、見る人にその澄んだ空気も伝えようとしているように思えます。

『山野にて』

日本画を身近に

日本画というと、山水画や風景、美人画などの古典的な絵をイメージする人も多いと思いますが、実際は、日本古来の岩絵具(いわえのぐ)や膠(にかわ)などの画材を用いて描いた絵画をいいます。明治時代のころ、西洋のものが日本に入ってくる過程で、外国のものと区別するために「日本画」というジャンルができあがりました。

古典的な日本画を想像していると、谷中さんの作品は、それとは異なり、ずっと身近で、新しい時代を感じさせてくれます。谷中さんの作品には、広大な風景や、大げさな構図のものは見当たりません。今回見せてくれた作品の中に、近々開催される個展の作品がありました。ある庭の12ヶ月の風景を描いた12枚の日本画です(トップ画像の谷中さんの背景の作品)。

冬に散った木々も、春になると蕾がふくらみ、夏には葉が茂り、秋には色づく。当たり前の自然の営みですが、12ヶ月(12枚)の作品が並ぶと、しみじみと四季の美しさを感じます。場面に登場する猫や鳥や昆虫たちも、その暮らしを楽しんでいるようです。なにげない日常がこんなに彩り豊かなものだと教えてくれます。

初夏のみずみずしいスグリ。湿度や描く環境でも仕上がりが異なるが、そのときに発する色の偶然性も大事にしている。

画材の色を最大限に生かす

今回、谷中さんが使っている日本画の画材を見せてもらいました。群青(ぐんじょう)や緑青(ろくしょう)などの岩絵具、ベニバナなどの植物染料、桜貝…。それらを粉にして、膠という接着剤と混ぜて絵の具をつくります。膠自体も獣や魚の皮や骨を煮て乾かし固めた物質で、日本画の画材は自然素材がほとんどです。

谷中さんに好きな色をたずねると「綿えんじ」という不思議な画材を見せてくれました。これは、ラックカイガラムシという昆虫の分泌液から生成した色料を綿に染み込ませたもので、深い赤のようなワインレッドのような濃い色をしています。実際に使用する際は、谷中さんは薄めて花の色などに用いるそう。

綿えんじ。水に浸すと色がでてくる。

宝石のような岩絵具のきらめきは、自然界の恵そのもの。「絵の具の色がとても美しいので、私はそれを最大限に生かしたいと思っています。私は画材と共同作業をしているというか、一緒に作品をつくらせていただいているんです」

絵の具の美しさを生かし、一枚の絵に仕立てる谷中さんは、自然界への畏敬の念を抱いているのでしょう。画材と向き合う謙虚な姿勢も、生きものと向き合う姿勢も同じく、自然の美しさや生気をそのままに、表現しようとしているのだと思いました。

岩絵具も粒子によって色が異なる。青は群青(ぐんじょう)、緑は緑青(ろくしょう)、赤は朱(しゅ)、黄色は石黄(せきおう)。
岩絵具に使われる鉱物(左)と膠(右)。日本画の画材は自然素材が多い。

日本画家としての歩み

谷中美佳子さんは幼い頃から絵を描くのが好きだったそうです。美術の道へ進みたいと思ったのは中学生のとき。その後、大学受験をする際に、自分に日本画が向いているのではと思い、女子美術大学へ入学し、本格的に日本画を学びました。転機は、大学3年生での「女子美奨励賞」の受賞。

「そのときに(就職しないで作家として)自分は描いていてもいいのかなと思いました」

谷中さんはその後も数々の入選や入賞を果たし、東京藝術大学大学院への進学を決めました。そこで文化財の保存修復などを学びました。そのときの数年を「修行に入った感じ」といいますから、日本の文化修復の世界にひたすら没頭したのでしょう。

「私はただ、美しい日本画をつなげていきたいなと思ったのです。日本にたまたま残った古典的な技法を途絶えさせたくないと。私自身にできる表現でつないでいこうと思ったんです」

絵具と膠を混ぜて色をつくる。

「命のぐるり」がコンセプト

谷中さんはさまざまな植物を描きますが、どの草花も生気にあふれています。谷中さんの作品のコンセプトは「命のぐるり」。花が咲いて散って、また翌年に芽をだしてという命のサイクルが、谷中さんは尊く、美しく感じるそうです。「美しい」という言葉は単なる「きれい」ではなく、そこに命の儚さや寂しさや切なさを感じるからといいます。谷中さんは桜を毎年描くのですが、「桜が好きというのもありますが、自分の<命のぐるり>というコンセプトにぴったりと合うのです。感情移入しやすく、自分の手の動きにもすごくフィットするというか、合うのです」。

栃木の風景を描く

谷中さんの作品のひとつに『夢幻』があります。日光市の神社に伝わる神話と、谷中さんの体験を重ねたできたものです。その神話には白蛇の大群がでてきます。実際にその山に谷中さんは登ったそうですが、タカネザクラ(高嶺桜。標高の高い場所に自生する)の幹がまるで地を這うように伸びていました。その景色が、谷中さんには神話の中に出てくる金色のウロコをもった大蛇(神)のように見えたといいます。

『夢幻』

「栃木は一年中、見どころがあります。新聞やフェイスブックなどで情報を見て出かけます」

谷中さんは古墳や神社をはじめ、花の名所なども家族で訪れるそうです。好きな景色や植物に出会うと創作意欲も湧き、「描きたい」という情熱は途絶えることがないといいます。春には春の、冬には冬の、そのときにしか出会えない景色があります。その出会いも一期一会。四季の移ろいの美しさ、生きものたちの輝き。そんな日常の喜びを谷中さんは伝えてくれています。

『月夜に』

谷中美佳子

栃木県宇都宮市在住。女子美術大学芸術学部絵画学科日本画専攻卒業。東京藝術大学大学院美術研究科文化財保存学専攻保存修復日本画修了。数々の美術展で入賞、入選。やさしい色彩の日本画で植物やいきものを描く。
https://yanakamikako.sakura.ne.jp
2021年5月22日〜5月30日、ギャラリーハンナにて「谷中美佳子展――萌ゆ」を開催予定。