愛に満ち溢れる眼差しで、木々を見つめる阿久津さん

未来への想いをつなぐハープの音色

ハープという楽器を知っていますか?一般的にハープというと、オーケストラで見られるような、47本の弦をもち、足元のペダルで半音を操作するグランドハープをイメージする方が多いかもしてません。その音色は美しく、心をリラックスさせてくれる魅力的な楽器です。

K現在、世界には弦の数、レバー有無などのいろいろなモデルのハープが存在しています。なかでも膝の上にのせて演奏できる弦数の少ない小型ハープは、持ち運びも便利で気軽に演奏を楽しめるメリットがあります。

22歳でハープと出合い「森のハープ弾き」として、愛する森と人を結ぶためにさまざまな活動を展開する、ハープ奏者の阿久津瞳さん。私たちが暮らすこの地球が、これからもずっと澄んだ空気、清らかな水、そして豊かな緑に包まれた美しい星であるようにと、ハープを手にし、遥か未来へ想いを馳せながら奏でるその音色は、今日も森のなかで優しく響き渡ります。

ハープ奏者セシル・コルベル氏の音楽との出合い

「小さい頃からスタジオジブリの作品が好きで、植物をよく知るナウシカに憧れていたんです」中学生の頃、社会の授業やニュースなどで森林破壊といった深刻な環境問題を知り、地球の未来を案じ、鬱々と思い悩んでしまったという阿久津さん。環境問題の解決のために努めたいと思い、その夢を叶えるために“自然ガイド”という道を描いていたと言います。

念願だった大学の農学部森林科学科に進学し、充実した学生生活を過ごし、卒業間近となった22歳の時、阿久津さんに今につながる転機が訪れます。それはジブリ作品「借りぐらしのアリエッティ」の主題歌を担当したハープ奏者、セシル・コルベル氏の音楽との出合い。ハープとの出合いもまた、セシル・コルベル氏がきっかけとなりました。

独創性のある映画の世界観を見事に表現した、幻想的なハープの音色。セシル・コルベル氏の演奏と歌声に、心惹かれた阿久津さんは、すぐにハープ教室へ。絵本や物語で妖精が弾いているイメージがあり、憧れだったというレバーハープやアイリッシュハープといった小型ハープの演奏技術を習得します。

「初めてハープにふれた瞬間、自分の世界が何十倍にも広がったような気持ちになりました」ハープを奏でるほどに趣味のレベルではおさめられないと直感し、ついにはアイルランドへ渡り本格的にハープを学ぶまでになりました。

自然を語る“森のハープ弾き”に

アイルランド留学後は、ハープ教室「竪琴教室 林音(りんね)」を主宰。気軽にハープにふれ、楽しんでもらいたいと生徒さんにハープを教えながら、演奏会も開催。しかし、胸から離れなかったのは環境問題への想いでした。

「環境問題の解決へとつながる糸口として、私には何ができるのか。もっと多くの人に自分の思いを伝えるにはどうしたらいいか、と考えていたときに、ふと閃いたのが “森のハープ弾き”。それは『森のなかでハープを奏で、自然を語る自然ガイド』のこと。これなら音楽を通じて、多くの人たちに森の素晴らしさを感じてもらえる。それがきっかけとなり、愛着や興味が芽生えれば、また森を大切に想うようになってくれるのではないか。そう考え、人と森とをつなぐ“森のハープ弾き”として活動していこうと決めました」

日本の林業や木材産業の発展を思い「森のハープ弾き」が誕生

愛する日本の森を守りたい

ハープとともに自らが進む道を歩みだしたその先には、愛する森への想いが大きくあります。

「現在日本で販売されているハープの原材料は、多くが外国産の木材で作られているものです。これは外国産の材が低価格なうえ、均一な品質の木材を大量のロットで入手できるので、安定して供給されるというメリットがあるからです。しかし、発展途上国から輸入した木材は現地の環境を破壊して生産されている場合もありますし、計画的に生産されていたとしても、輸送の段階でたくさんのCO2を排出し、環境の面では良いとは言えません。そこで注目したのが、国産材でつくられたハープの存在です。その良さを知ってもらい、それを使いたいと思う人が増えれば、 生産量も上がり、日本の林業や木材産業の発展に寄与できるかもしれないと考えました。自分と同じ日本で生まれ育った木でできたハープを奏でたら、なんだか力を貸してくれる気がしませんか?」

ハープに適した国産材は、雑木林に生えているケヤキ、クリ、トチノキ 、ヤマザクラ 、イタヤカエデ 、人工林に生えている、スギ、ヒノキなどたくさんあるそうです。

演奏者としてだけでなく、国産材ハープの制作にも力を入れる阿久津さん。自らがデザインした15弦の小型ハープと共に

ハープを奏でることで人と自然を結ぶ

「日本にはこんなにも豊かな森林がたくさんあるのに、活用しなくなってしまった。それが環境問題を引き起こす、ひとつの要因になっているのです」そう阿久津さんが言うように、森がなければ生きることができないほど、自然の恩恵を受けながら生活していた時代から、高度経済成長とともに便利な暮らしへと移り変わり、深いつながりをもっていた森と私たちの関係は次第に希薄となり、森は荒れ、山の価値も下落していきます。

「昔のように人が手をかけ山の価値を上げるには、森を育てながら循環利用(国産材を多く使う)することが大切。最近では、国内の持続的な木材生産方法として、森林を大面積で一気に伐採するのではなく、間伐を何度も繰り返す『自伐型林業』という森林経営に注目しています」と阿久津さんは語ります。

国産材でつくったハープを奏でながら、美しい森を取り戻し、人と自然の絆を再び結びたい。その思いが第二の転機となり、「喜連川丘陵の里 杉インテリア木工館」や「クロサキ工芸」といった県内にある工房、さらに県外の楽器製作者の協力を経て、国産材を使用した15弦の小型ハープの製作に着手。実際に使用するためだけでなく、普及のため販売も行うようになりました。

手前は宇都宮市「クロサキ工芸」とコラボ製作したハープ(広葉樹を主に使用)、奥はさくら市「杉インテリア木工館」で自作したハープ(スギ・ヒノキなどの針葉樹を主に使用)

ゆるぎない情熱と信念をもって

阿久津さんの活動はハープだけにとどまらず、新たな切り口から自然や食、環境問題をたくさんの人たちに知ってもらうには、と考え続けています。じつは、阿久津さんは新たに養蜂にもチャレンジの真っ最中!

「ハープ演奏も養蜂業も、すべては森のため。失われし森と人との絆を結ぶこと、それが私のテーマなんです」

“森のハープ弾き”は今日もハープを片手に森へ足を運びます。明るい未来を思うその音色は、緑の木々の間を抜け人々の心に響きわたり、たくさんの笑顔を導くものとなるでしょう。

養蜂業にも挑戦。養蜂体験や森林浴を楽しめる蜜源の森をつくるのも夢のひとつ

森のハープ弾き 阿久津瞳さん

芳賀町出身。2011年、宇都宮大学農学部森林科学科卒業。自然ガイドとして那須のホテルに勤務しながらハープを習い、その後アイルランドへ1年間ハープ留学。宇都宮市内でハープ教室を主宰する傍ら、国産材ハープ製作にも挑戦。2019年、宇都宮大学地域創生科学研究科の大学院生に。2020年4月「株式会社つむぎ」を設立し、養蜂業も行う。
https://moriharp.wixsite.com/moriharp