八坂神社(京都)

祇園信仰に根づいた夏祭り

夏は祭りのシーズンである。町に繰り出す山車(だし)や神輿(みこし)、そしてそれにあわせて鳴り響く笛の音色や鉦(かね)の音。参道に並ぶ露天商からもれる薄ぼんやりとした明かりや発動機の音、アセチレンガスの臭いは人々の郷愁を誘う。なぜ、日本では暑い季節に祭りを行うのだろうか。

夏の祭りの多くは祇園(ぎおん)信仰に根ざしたものである。祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の守護神であり、疫病をつかさどる牛頭天王(ごずてんのう)を祀ったもので、平安時代に信仰が広まった。その中心となる地が京都の「八坂」であり、これが現在の八坂神社の祇園祭につながる。

洛中洛外図屏風(歴博甲本)の一部。京都の市中と郊外、生活風俗を描いており、山鉾巡行の様子も見られる。
(国立歴史民俗博物館所蔵・無許可転載・転用を禁止)

「洛中洛外図屏風」に見られる山鉾巡行

京都の風俗を描いた「洛中洛外図屏風(らくちゅうらくがいずびょうぶ)」には、山鉾(やまぼこ)巡行の様子が描かれており、少なくとも室町時代には現在見られるような祭礼が行われていたことがわかる。各町では夏に流行する疫病(悪霊)から逃れるために、競うように華やかな山鉾を作ったという。

京都祇園祭の山鉾行事

祇園信仰は中世までには全国に広がり、八坂神社、須賀神社、八雲神社など牛頭天王(神仏分離以降は素戔嗚尊・すさのおのみこと)を祀る神社では、疫病退散を祈念して「祇園祭」や「天王祭」(牛頭天王に由来する)を行うようになった。

烏山の山あげ祭

那須烏山市の「烏山の山あげ行事」は栃木県を代表する夏祭りとして知られている。烏山の鎮守である八雲神社の付け祭りで、最大の見所は、道路上に配置される高さ10m、幅7mにも及ぶからくり仕立ての大きな「山」である。そして、その前で演じられる常磐津節(ときわづぶし)による歌舞伎芝居は江戸の風情を今に伝えている。昭和54(1979)年には民俗文化財としての価値が認められ国の重要無形民俗文化財に、平成28(2016)年には京都祇園祭の山鉾行事を始めとする33の「山・鉾・屋台行事」ととともにユネスコ無形遺産の代表一覧表に記載された。

烏山の山あげ行事(2016年)。例年7月最後の金・土・日に行われる。日本一の野外劇とも称される。

この「烏山の山あげ行事」は、永禄3(1560)年にこの地に疫病が流行した折、烏山城主であった那須資胤(なすすけたね)が牛頭天王を勧請し悪疫退散や天下泰平、五穀豊穣を祈念したことが始まりとされ、およそ450年にわたり人々の信仰を支えてきた。

地域一丸になって暑さや疫病を乗り越える知恵

他にも県内には二荒山神社(宇都宮市)や喜連川神社(さくら市)の天王祭、須賀神社(小山市)、祖母井神社(芳賀町)、八坂神社(益子町)の祇園祭など祇園信仰を由来とする祭礼が見られる。さらに村落や子供会などを単位として行われる「オテンノサマ」と呼ばれる夏祭りを含めると枚挙にいとまがない。

喜連川神社の天王祭。7月下旬に開催される。神輿の渡御に際し、多くの担ぎ手がもみあう暴れ神輿が有名。

夏祭りには、地域一丸となって夏の暑さや疫病から乗り越えるための知恵が込められている。コロナの蔓延防止という観点からすれば、密になる祭礼が中止となることは仕方がない。しかし、人と人との結束を弱める方向に向かいつつあることは残念である。


篠﨑 茂雄

1965年、栃木県宇都宮市生まれ。宇都宮大学大学院教育学研究科社会科教育専修修了。栃木県立足利商業高等学校、同喜連川高等学校の教諭を経て、1999年より栃木県立博物館勤務。民俗研究、とくに生活文化や祭り、芸能等を専門とし、企画展を担当。著書に『栃木民俗探訪』(下野新聞社)などがある。