参道を進む家体。日光では屋台ではなく「家体(やたい)」という。先頭は大工町が所有する江戸時代後期に建造された黒漆塗二階建ての館造りの家体。この年の先番(はなばん)当番町を務めるにあたり特別に曳き出した。多くは戦後に作られた花家体(2台目以降)を曳く。神社への家体献備、祭りのしきたり、口上などに歴史と伝統が見られることから、「日光弥生祭付祭家体献備行事」として栃木県の無形民俗文化財に指定されている(写真はすべて2012年撮影)。

1200年の伝統を誇る弥生祭

4月13日から17日までの5日間にわたって行われる弥生祭は、日光に春を告げる祭りとして知られている。日光二荒山神社の春の例大祭で、その起こりは平安時代に記された「満願寺三月会(まんがんじさんがつえ)日記」に求めることができる。これによれば、当初は6月に実施していたが、暑さが厳しいことから、弘仁12(821)年からは3月2日と3日に「三月会」として行うようになった。そして、明治5(1872)年の改暦以降は、季節的には従来と同じ時期となる4月となったが、名称は3月の異称である「弥生」の名が残り今日に至っている。

日光二荒山神社境内に家体を繰込む。全町家体社頭繰込みは、日光弥生祭の一番の見せ場である。

華やかな花家体が弥生祭の見どころ

祭りは、13日の神輿飾祭(しんよかざりさい)から始まる。神輿舎(しんよしゃ)に奉安された本社・滝尾・本宮の3基の神輿を本社拝殿に運んで飾り付けるもので、このうち滝尾の神輿は、翌14日に滝尾神社に渡御(とぎょ)し、そこで祭儀が行われる。15日は氏子大祭(うじこたいさい)、16日は滝尾の神輿を本社に戻す還御祭(かんぎょさい)、それを本社・本宮の神輿が境内で迎える高天原神事(たかまがはらしんじ)を行う。最終日の17日には、3基の神輿が本宮神社に渡御し、そこで祭典が行われる。本社にそれらの神輿が還ると一連の弥生祭は終了となる。

二荒山神社が行う「本祭り」と奉納行事「付祭り」

弥生祭は、これらの本祭り(ほんまつり)とあわせて、氏子による家体の献備や奉納余興、いわゆる付祭り(つけまつり)も必見である。なかでも16日と17日には、ピンクのヤシオツツジ(造花)で飾り付けた十数台の家体が日光の町中を巡行し、家体から奏されるお囃子が祭りに華を添える。そして、大鳥居に集結した家体は、先番当番町から順に境内に繰込む。

すべての町の家体が境内に参集すると、各町内への挨拶まわり(名刺交換)が始まる。頭役に引率された裃(かみしも)姿の行司2名が各町の家体に歩み寄り、自分の町名を記した大型の名刺を差し出して口上を述べ、挨拶を交わす。

名刺交換の様子。「〇〇町から参りました。当日はおめでとうございます。御町内御一同様によろしく」などと口上を述べる。手順を間違えるともめごとの原因となる。そのため当事者は過度な緊張を強いられる。

日光弥生祭の終了を報告する手打ち式

その後、境内に設けられた特設の舞台で奉納余興が演じられる。本祭りの祭典が終了すると神明廻りが始まる。家体を本殿の前に進ませてお囃子を奉納するもので、これが終わると各町代表者が拝殿前で手打ち式を行う。そして、先番当番町から家体を神社から繰り下げて、それぞれの町に戻る。

手打ち式。日光弥生祭の成功と無事に終了したことを神前に報告する。「三・三・一」の日光締めでもって式は終了する。

古風なしきたりを継承する伝統行事

弥生祭の担い手は若衆である。挨拶や口上などに古風なしきたりがあり、江戸時代から続く組織や慣習、規律が守られている。祭礼の手順を違えるなど問題が生じると町内単位のトラブル、すなわち「ゴタ」となり、祭りの進行が滞ることがある。弥生祭が、別名「ゴタ祭り」とも呼ばれる所以(ゆえん)である。

日光二荒山神社から家体を繰り下げる。先番当番町から順に家体を繰り下げ、東照宮と輪王寺への参拝、東西別れの手打ち式など儀式が続く。

コロナ禍により、弥生祭の付祭は2年続けての中止が決まった。清元(きよもと)や常磐津(ときわづ)を基本とした日光囃子(にっこうばやし)、年齢階梯(かいてい)による若衆制度、名刺交換などに見られる古風なしきたりが、今もなお継承されていることは全国的にも珍しい。一刻も早くコロナが収束し、祭礼が再開されることを願わずにはいられない。

帰路につく各町の家体。燈明に照らされた家体はとても幻想的である。日光二荒山神社から離れた地域では20時過ぎの帰町となる。

※2021年は新型コロナウイルス感染拡大を考慮し、16日の「宵まつり」及び、17日の付祭りは中止。期間中、神職による神事のみ執行。


篠﨑 茂雄

1965年、栃木県宇都宮市生まれ。宇都宮大学大学院教育学研究科社会科教育専修修了。栃木県立足利商業高等学校、同喜連川高等学校の教諭を経て、1999年より栃木県立博物館勤務。民俗研究、とくに生活文化や祭り、芸能等を専門とし、企画展を担当。著書に『栃木民俗探訪』(下野新聞社)などがある。